終活とは何?

もし仮に仏の世界がお金がものを言う世界であれば、何も焦る必要はないのです。

いざとなってから動いても遅くはないのです。

自分の生き様だけがものを言うのであれば、いざとなってからでは遅いのです。

生き様は取り繕えるようなものではないのです。

適当に生きておいて、生き様を美しく取り繕おうとするから、お金で何とかなるのではと考えるのです。

仏の世界でも何とかなると思えるのが、罰当たりな考えなのです。

生き様とは今まで生きて来たことによって作られているのですから、そのように考えること自体が生き様なのです。

そんなことで閻魔大王を誤魔化せることはないのです。

終活と言っても、まだ生きているのであれば、残りが多かろうが少なかろうが今を真剣に生きるしかないのです。

生きている間がすべて生き様に繋がるのですから、焦っても仕方がないし、逃げても逃げれるものでもないのです。

また、自分で生きた証を探す必要もないのです。

生前葬をして自分を飾っても、それは自己満足の世界でしかないのです。

その内容は自分で言っているだけで、生き様とは関係ないのです。

自分の人生を飾ろうとすることは、生き様を後悔していることと同じ意味を持つのです。

少しでも後悔を減らすように生きることが、本当の終活ではないでしょうか。