その状態がそこにあるように持っていければ良い

仕事中、オーケストラの曲が流れている。

何の曲かも分からないけど、何度も何度も流される曲をたまに口ずさんでみたりとなかなか楽しい時間を過ごしている。

それで、ある時、社長夫人が、イメージしているって話を教えてくれた。

楽器を持って、演奏している人たちのことを。

オーケストラじゃなくて、四重奏

私の頭の中には、コントラバスとかそういうものが浮かんできて、アンサンブルをする。

ものすごく楽しそうに思えてきて、ちょうどそうPVが至る所に起用されていることに気付いた。

バンプオブチキンの車輪の唄やリボンやSPYAIRサムライハートとか。

もし、自分が自分として機能するなら、こんな幸せ他にないって思う。

もし誰かとアンサンブルできたら、どれだけ楽しいんだろう?って思った。

私が吹奏楽に入ったのは、兄が、吹奏楽だったから、その時の空気感とか内部事情が見えてきて、だから、やりたいって思った。

兄ちゃんの上の世代の人たちは技術がものすごくあって、音域だって広くて、めちゃくちゃうまかったらしい。

それで、兄は、トランペット担当だったんだけど、後輩が兄よりうまくて、結局その後輩は、時期、部長になって、それから、学力も兄より高かった。

それで、そんな話を聞いてて、兄にあんなところ、行かない方が良いって言われたけど、やりたいって思って、自然と入部してた。

それから、色々あったけど、自分のありたい姿がちゃんとイメージできて、これが吹けたら、終わりにしようって思って、卒業した。

その時にあった思いっていうのは、こうだ。

自分がこうあったら良いなって思うイメージをそのまま自分が合わせていく感覚。

その時、その瞬間に、どうあれば良いのか分からないから、できない。

ただ流されて、できたなんて自分の力じゃない。

こうあってほしい、こうなってほしい、その気持ちが強ければ強いほど、自分をそのかたちにしていける。

だから、こうすれば良いですよなんて方法論はなくて、目の前にいるかっこいい人みたいに自分がなれたら良いなって思いだけで、自分自身を成長させていったように思う。

昔、兄に言われたことがある。

お前はお前をもっと信用しても良いと思うって。

兄は、まんべんなく平均点以上のことはできた。でも、私は、ある分野には秀でても、分からないことはまったく分からないような人間だった。

徹底的にこれだけを覚えれば良いんですよって言われたら、それができるまでやるような人間だった。

それだけしかすがるものがないように。

でも、大人になってみると、あらゆることが分からないとままならないんだなってことが見えてきた。

小学校で習った科目、国語、算数、理科、社会、体育、道徳、音楽、美術、技術、家庭科でやったことが基礎になって、中学校へと上がる。

小学校の時、できなかった問題がまた出てきたり、自然と分かるようになってきたことが出てきたりとどの経験がどんな風に作用しているのか分からないけど、ただ、苦手なことでも、ある一定の期間、練習すればできるようになってくるという感覚だけはあった。

それで、どんどん勉強していったら、ある時、噛みあう瞬間があって、なるほど、こういうことかって思ったことがある。

それは、全教科、お互いがお互いを支え合って補い合っているってこと。

ある時代のある人たちが、あるところで、あることをしたって事実が浮かび上がってきたんだよな。

頭の中で、まるで、歯車が回り始めるように、見えなかった事実が見えるようになってきた。

そういう風に頭の中を整理していくと、やっぱり、答えは一つなんだよ。

こうであるなら、こうだろう。

そうでなければ、そうならないだろう。

まず、自分の思いがなきゃ、やっぱり、同調はできない。

そうあってほしいと望むところから、その状態に自分が持っていけるように、やるしかない。

心が折れそうなときだってある。ケガだったするし、風邪だってひく。お腹だって下すし、熱だって出る。仲間と喧嘩だってするし、もめたりする。仲直りしたり、お互いに良い関係を築くことだってできる。

本当は自分がどうありたいかそれだけのことをする価値があるのか。

そうありたいと本気で思っている心を信じ切ることができるのかどうか。

その純粋な思いをどれだけ持ち続けられるのか。

そんな風に思ってた。

自分の生き方が正しいとは思えないけど、自分がこうありたいと思う心だけは本当にその人だからこその思いだろう。

それが尊いってことだと思う。

だから、今、八方ふさがりで、泣いたり、思い通りにならなくて、叫んでいる人はどうか思い出してあげてほしい。

自分がどうありたかったか。自分が誰かに対して、優しくありたいと思ったことは、紛れもない自分だけの思いなんだから、そこは譲らなくて良いんだと思う。その思いにみんな同調して、シンクロが起こる。

こうあってほしいと思うことが起こるようになる。

擦り切れるほどの思いをどれだけ誰かに向けられたのか。

現実っていうのは、そういう風に作られていくんだって思う。

だから、どうか、そうあってほしいと思ったものを現実にしていってほしい。

思いがなければ始まらないんだし。