自分が保守であることに気づく

今さら?

そもそも若い頃からそうではないかと思っていたのである。ただ保守はイケなくて革新はスバラしいというような風潮だったため、言い出せずにいただけだ。あと保守っていうと既得権益層だけど、当時の私には既得権益なんかなかったし。

だが今は違う。堂々と保守である、と言える。既得権益層かどうかは判らないが、少なくともあと5、6年も頑張れば年金が出そうなので、既得権益と言ってもいいだろう。ここで革命など起こされて社会がひっくり返ったら年金が出なくなる。

というような話は別として、自分が保守だと感じたのは「変化が好ましくない」からだ。もともと私は同じ事を繰り返すことをあまり厭わない性格だった気がする。ていうか新しい事をやるのは面倒くさい。

昔はSFが好きだったけど、今思うと当時のSFって保守の塊だった気がするのだ。宇宙船とレーザーガンが出ていればSFだったし。だからニューウェーブとか、あと90年代に流行ったよく判らない話には乗れなかった。

推理小説もよく考えたら保守である。犯人と探偵がいる様式演劇のようなものだ。そうじゃない推理小説もたくさんあるけど、それらは邪道だ。やはり名探偵が最後に容疑者全員を集めて一席ぶつのがミステリである。

私は文藝も結構好きなんだけど、これこそ保守以外の何物でもない。だって人間しか出ないんだよ? たまに出る動物は人間並の思考をするし。いやしないか。そして社会という規制社会で色々やるだけだ。

でも革新というのもよく判らん。当初は革新だったはずなのに、いつの間にか保守化していることもよくある話で。それに何かをぶっ壊すことから始めようとするのが駄目だ。壊した後をどうするのか考えてないからな。

その点保守は良い。同じ事を繰り返すのだから頭を使わないでいいし、やっているうちに大抵の事は最適化されるからだんだん楽になってくる。そのうちに何も考えなくても出来るようになって楽だ。

だが気がついた。保守に染まりすぎると、何か別の事をやると不安になってしまうのだ。こないだ本当に久しぶりに新幹線乗ったら何か辛かった。自分の居場所からどんどん遠ざかっていく気がした。それは事実なんだけど(笑)。

できる限り動きたくない。