45年前のお雛様

娘のお雛様です。私のお雛様との間には27年ぐらいあるか。27年と簡単にいうけどまさしく激動の時代でしたね。

昭和46年生まれの娘、前年の45年は万博がありました。日本は高度経済成長のまっただなか、戦後復興して25年、焦土のなかから立ち上がった日本を世界に見せる万博でありました。個人の生活も頑張れば前に進める、どうにかなるんだという気持一杯でした。

娘は2月生まれ、その年のお雛様商売はもう終わっていました。お店にいき、その店の看板商品として大きなお雛様を仕入れ飾っていたなれど、その年のお雛様商戦は終わり、ここで是非売りたい物と多分安くしてくれたのでは。なにせ大きいお雛様です。もちろん段飾りなのですが、段の組み立ても一人ではできず、親王内裏様のお二人だけを飾っています。娘小さい時にひな壇の下で箱をいれて出たり入ったりと大いに遊んでいたものです。店の紹介できましたと我家にお雛様を見せてと何人もつぎの年に見物にいらしたです。

私のお雛様と娘のお雛様の間には27年程の時間があります。戦時中やっとの思いで手にいれたお雛様は、時代もありましょう、じつに可愛らしいちっこいものでありますが、一通りの人形は揃っています。

方や娘のお雛様、時代を映していますよね。お雛様の花飾りには雲上流などとあります。道具類も全部木製でそう立派とはいえないけど漆で模様つけてあります。時代はいけいけどんどんの時代、大きなことはいいことだの時代様相を写していると思います。

南方からマラリア持ちで引き上げてきた父は、写真も見た事なかった大きくなって走り回っていた私をみて、我が子なのか本当にという有様だったでありましょう。

他の人と一緒、内地に帰ってきて自分で小さな会社をおこし頑張りました。私嫁ぐおりにもまあ沢山色々もたせてくれ、孫娘にも立派なお雛様を祝ってくれたのでした。

何もないところから始め、27年でここまできましたというものでしょうね。よくぞ頑張ってきたものでした。

お雛様をみると時代の様相の感慨に打たれます。

今や大きなお雛様は出し入れも大変と、私の孫、娘の孫には親王内裏飾りにしました。住まいの問題で広げるところがないがなです。

息子の所の孫には母親の物が届いたようです。やはり親王内裏飾りみたい。

お雛様も時代につれですね。

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